富山にて

松本幸四郎inラ・マンチャの男を観る。

感涙した。

何度目か分からぬ、この稀代の名作との一夜だったが、今日ほど胸に堪え、身につまされたのは初めてである。

私も初見時は、アマデウス同様導入部の鮮やかな早変わりに代表される、役者幸四郎の巧さ、完璧さに舌を巻き、恐れ入った。しかし、この度はそうではない。見せる所でなく、ふとセリフが無い瞬間、ひとが芝居をしている間、幸四郎のアロンソ・キハーナはまさしく舞台上で生きているのである。目が離せなかった。

一人の役者を見続ける愉しみというものは、かくの如き所に有って、流行り物ばかり追い、また、いとも容易く棄つる者には到底味わえぬ至福のゆくたてである。

六世歌右衛門は言った。「やはり、どっか体が疲れる、思う様にならない、という風にならないと、本当の芸は出来ませんね」。

これは決して、体の利かなくなった老優が負け惜しみで言った言葉ではない。しみじみと己が体内から初めて芸らしい芸が出て来ている手応えが、感じらてこそ出た、まことの言葉である。

極付を

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五月風の吹く

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