熊を食らう

かねてから上七軒の市さんや梅嘉ちゃんとの約束であった美味いもの巡礼の新年第一回、比良山荘の月鍋を食べに行く。

折しも振り出した雪は瞬く間に鯖街道を白く染め、いやが上にも気分は高まる。途中側溝に脱輪した車を横目に「ほら!タクシーにして正解やろ?」とかなんとか言いながら到着。
賑やかな一行を迎えてくれた主人夫妻のさわやかさ、折り目正しさに、今夜の宴の成功を確信する。このような清潔感に溢れた女将と言うのは、おそらく現代日本では絶無に近いであろう。引き詰めた黒髪、歯並びの良い口元、京都とは又違う、人をそらさぬ受け答え。万事が、雪深い鄙にはあれど都は近し、といった独特の風情である。

玄関での記念撮影もよろしく部屋へ入って、すっかり気に入ってしまった。見た事の無い八角形の卓は一見シノワズリーだがそうではない。聞けば鹿児島の家具屋に作らせたそうだが、鹿児島家具というのは聞いた事が無い。なんとも座敷に合う絶妙の形である。

鯉と岩魚と生の鹿肉の三趣盛り

まずは珍しい鯉の白子の餡かけから。他に食べた事の無い野趣のある白子であった。そして鮎のなれ寿司。鮒寿司とはまた違う、女らしいなれ具合である。すかさず冷酒を頼む。美味し。続く造りが風雅。鯉と岩魚と生の鹿肉の三趣盛りである。私はこんなに美味い鯉という物を食べた事がない。江戸のどぜう屋で出す洗いなぞとは、全く別物である。こうして供されたら鯉も本望であろう。鹿は辛味大根でいただく。のどが鳴る。続いて本モロコの塩焼きが出る。山の宿にふさわしい侘びた味を蓼酢がキリッとしめる。

いよいよ眼目の月鍋である。牡丹鍋に紅葉鍋はお馴染みだが、月鍋は未踏の領域である。しかし日本人というのはどうしてこう味な名付けをするものか。熊鍋、といってしまえばそれまでの事だが、そこで二つ名を付ける。この文化はいつごろから始まったのか?万葉集にはすでにあるから相当古いには違いない。食べる前から感心。

月鍋

甘過ぎぬ醤油ベースの出汁にしゃぶしゃぶとくぐらせる。肉が出て来た時にはあまりの脂身の多さにギョッとしたが、頬張って見ると以外や以外あっさりである。赤身は牛切り落としに近く脂身は鯨のそれによく似ている。そして白眉は添え野菜の中のうどである。これには参った。熊肉の個性を和らげるのではなく、曲者同士のぶつかり合い。実に料理の醍醐味とはこれである。その両者の間に入って峠の茶屋の役目を果たすのが、この地で取れた瑞々しい芹。まことに結構。口福である。

次回は是非とも泊まり掛けで鮎の時季に訪れてみたい、とっときの名荘であった。


上七軒の梅嘉姐さん
美馬お見立ての梅の着物を見事に着こなす上七軒の梅嘉姐さん

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