第二十回東京展

創業十五周年となる節目の第二十回東京展。

今回の会場は前回に続き昨年建て替え完成したザ・キャピトルホテル東急であるが、記念の会とてこのホテルの最上階に位置する「キャピトルスイート」を選ぶ。


旧建物の時にビートルズが宿泊した最上級スイートの現在形である。

まずは眺めが素晴らしい。




この眺めをお客様に見ていただきたい、という思いもあり、室料も前回の山王スイートよりさらに五割増しだが、皆さん国会を見下ろす眺望を楽しんで下さったようで、張り込んだ甲斐があった。

毎回欠かさずご来場下さる美馬党の御常連様から、久々にお顔を見せて下さった懐かしいお客様、またネットや雑誌を見て初めてお越し下さった方まで、様々な形で記念の会に華を添えて下さった。

思えば東京展の第一回は十四年前、まだ古い建物のキャピトルで、誰一人手伝いの人とて無く、最終日の片付けと荷造りが夜の八時から翌朝十時までかかり、思い出しても体が軋む様な、本当に辛い一夜だった。

段ボール三十個分の商品を、一反一反値札を外し、伝票を書き、箱に詰めて紙を巻き、紐を掛ける。
それがやってもやっても終わらない。

しまいには正座は愚か、膝を曲げることも出来なくなり、私は今まで味わった事のない疲労感と逃避したい気持ちで一杯になり、ただただ、しんどくて、えらくて、たまらなかった。

私は小さい頃からどういう訳かあまり泣かない子で、テレビドラマに感情移入して泣く以外、実人生であまり泣いたことがなかった。

それがこの夜は泣いた。というより、哭いた。

誰も助けてくれない、東京の夜の一人ぼっち。

哭いて哭いて哭きじゃくった。

あんなに哭いたのは、あの時と、信じている人に裏切られた、と思った三十歳の冬、その二度きりである。

しかし、今となってはあの夜こそが今日の私の原点であり、礎だと思っている。

自分でおっ始めた事なれば、誰に文句を言う事も、泣き言を言う事も許されない。

一日延長しようにも、引き上げなければ金が払えない。

「やるしかない」

多分スポーツでも何でも同じだと思うが、一つの山を越すのが大変であり、それさえ越せば後はしばらくなだらかな道が続く。

今日も鍼灸のサイトを見ていたら、扁桃腺の灸は子供の内に、ギャッと据えて置けば後はおこらないと。

早い内に、しんどい目を見ておく、これは自分で進んで出来る事ではないが、私はこの仕事に情熱があったから、たまたま二十五で創業し、身の程知らずに我を恃んで東京まで出張って行ったお陰で、田舎者の悲哀、力無き者の辛酸、そしてそれに手を差しのべてくれる慈悲をも、全て味わい、莫大の御恩を蒙る事も出来た。

運の良い男であり、感謝と言う他は無い。
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