京の新年会第三夜

昨夜の深酒が祟って今日は起きられず、昨日は一日で問屋を九軒も回ったのに、今日はたったの二軒でタイムアウト。「メリハリ」もいい所である。

今宵は三夜連続の新年会の〆くくり、ゲストも大トリ級の濃いメンバーである。梅嘉ちゃん、えみちゃん、まーちゃん、むーちゃんに私の五人で初春の定番となった「萬亀楼」へ。




梅嘉ちゃんは濃い紫茶地に糸目上げの松竹梅の付け下げ、ふく笑ちゃんは黒地に紅白の配色の芽柳の付下小紋で、二人ともに当店納めの目出度い柄を着てくれ、今年も「濃いい」付き合いになるであろう一年の始まりを寿いでくれる。

この店の名物である大女将が「逢いたかった〜逢いたかった〜」と歌いながら登場する。ゲラゲラ笑いながらウケていると「わたしらこの頃ヘーケービー言うてますねん」と更にかぶせて来る。頭の回転の早いメンバーゆえこの洒落に即座に反応し、声を揃えて「ヘーケー(閉経)ビーて!」と鸚鵡返しで大ウケである。
有職料理の看板から想像される、お高くとまった所は微塵もなく、のっけから一言で場を寛がせ、それでいてシモネタが決して下品にならない機知と人となりは無類である。

これで料理がしょーもなかったら、ただオモロイ女将のいる料理屋だが、そこはさすがの名店、料理はあくまでも生真面目であり、老舗の看板に相応しい本物である。


先付けのあとお椀が供される。今日は蟹真蒸であった。何度いただいても、ここの吸い地には感激する。一口吸い上げると、味覚だけでなく、全身の感覚が呼び醒まされる気がする。世界に誇るジャパニーズスープの威力全開である。


お椀の底と蓋裏が「富貴」の一対。この本歌は本願寺にあり、その写しとの事。


次いで平目の薄造り。この器が秀逸。何とも愛くるしいふくら雀である。上につくばねがちょこんとのせてある。まさに羽子板の羽の形そのままで、食べても毒にはならないが美味くはないとの事。


お造りは二段構えでトロがふた切れ出される。脂の強い物は丁度この位が良い。器は織部。


八寸は海鼠にこのわた、はまぐりの器に入った蛤、極厚切りのからすみ、クワイなどで、しぜん熱燗となる。


蒸し物は雲子の茶碗蒸し。干支にちなんだ龍の器である。


焼き物はグジの雲丹のせ。チョロギが添う。


炊き物は伊勢海老に筍。出汁が旨い。これも龍の文様だが、こちらは蓋の表に「大日本永楽造」とある。戦前の器が当たり前の様に出て来るところが創業290年の老舗の奥深さである。




この後土鍋で炊いた穴子ごはん、赤だしと香の物、生菓子に抹茶、さらに黒豆と苺の寒天寄せと続く。
所望すれば定番の鯛茶漬も出してくれる。

が、私は頼まなかった。何故なら今日はむーちゃんから「あんた今日な、お母さん美馬くん来る言うたら何やかんや作ってはったでえ」と聞いたからである。
お母さんのお茶漬の為に腹に空き地を残しておかねばならない。

お腹も張り、上七軒へ。カウンターで飲んでいたらまーちゃんが芸妓さんを連れて来てくれ「ほらほら、商売商売!」となり、奥の部屋で風呂敷をほどいて店開き。単衣の付け下げを決めていただく。

閉店後は裏の家へ。家族に混じり「おー、寒ぶ寒ぶっ」と炬燵へ入る。この瞬間がいい。他所の家の団欒に割り込む感じが堪らない。

私の家はそもそもこういう事にかけては迎える方の専門であって、美馬旅館の先代女将であった私の祖母は、父の親友であったS小父が高校時代1ヶ月近く滞在しても厭な顔一つしなかった、と当のS小父から聞かされた事がある。S小父はまた、県議会議長をつとめ地方政治家としては名を遂げた祖父よりも「人物ではお祖母ちゃんの方が上」とも言っていた。いわゆる「肝っ玉おっ母」であった。この祖母についてはいずれ別稿に書きたい。

お母さんが冷蔵庫からおもむろにタッパーの数々を出して来る。




蓋を取ると、塩鮭、たらこ、昆布、メザシの酢漬け、そしてお母さんこと恭子スペシャルの漬けもん!見ただけで唾液線がゆるむゆるむ。

どの菜も整然と、真新しく切り揃えられ、隙間なく並んでいるのを見て、横からむーちゃんがにやにやしながら「ひやー、またこれ漬けもんも綺麗に切ってくれて!」「美馬くんの為に!」と冷やかすと照れ屋のお母さんは「ちょうど何にも無くなってたからやがな」ととぼける。

閉店後ずかずか自宅まで上がり込んで夜食の輪に加わる私の為、しかも明日は検診で自分は食べられないのに、せっせと茶漬の菜を用意してくれるお母さん。そして自分の友達に対してそうする母親を見て嬉しがっているむーちゃん。叔母、従兄弟であるお母さん、むーちゃんと私の関係を見て、これまた面白がっているまーちゃん。
こういう人間関係は誰にでも築けるものではない。お互いが面白がりで嬉しがりで人間好きでなければ有り得ない稀有な関係である。

しかも世間からは「算盤ずく」と思われる典型の商売人同士が、である。

言うことは厳しいが、そのハラは真っ白であり「ここらが実のあるところ」という他はない。


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