私のいきつけ11 タマテ


明日からの桝屋高尾展の準備の為、手伝いに来てくれた問屋さんとメーカーさんを連れて、近所の割烹「タマテ」を訪問する。ここは最近少なくなった純然たるオヤジの為の割烹で、女性客を全く想定していない雰囲気とメニュー、いつ来ても変わらぬ顔触れのおねえさんたちの白い制服姿が希少な、まさに「昭和」な店である。


まずは初来高のメーカーさんに、高知の定番を一通り。今日はチャンバラ貝が品切れだったので「のれそれ」から。「のれそれ」とは土佐を代表する酒肴の一つで、マアナゴの幼生(レプトケファルス)の事である。その姿は平たく透明で、幻想的でさえある。もう一つ、土佐の酒肴に「ドロメ」があるが、こちらはカタクチイワシの稚魚で、いわば土佐の二大透明珍味であるが、私は子供の頃はドロメ派で「のれそれ」はどうも苦手だった。しかし大人になってからは酒のアテに好む様になった。どちらかと言うとドロメの方が苦味があって子供向けじゃないのに。
新しい物ほど透明度が高いのはもちろんだが、今日のは極上。スケスケに透き通っている。
ニンニクのぬたで食べる場合もあるが、後にブリぬたが控えているし、これだけ新鮮な物は三杯酢で良い。私などはドロメの特に新しい、ピンついたのには何もかけず「しらった」で食べる。
味と言う味は無いが、良く冷えたのを噛むともなくツルツルっとやると、何とも言えぬ喉ごしであり、自然と「おお、気持ちえい」となる。


続いて「ブリぬた」。これは脂が強いのでぬたである。緑色のぬたと言うと京料理に良くある木の芽ぬたを連想されるかも知れないが、土佐のぬたはニンニク葉をすりおろす。
これは矢張り、生臭い物や脂の強い物を食べやすくする為に先人が生み出した「食の知恵」であろう。他にも鯨のすき煮にはニンニク葉が欠かせぬ「あいもの」であり、我が家では魚の煮ぐいにも入れる。土佐ではニンニク葉は非常に身近な食材である。


いよいよこの店の看板料理「生ちり」の出番である。
その日の仕入れによってメインの魚はかわるが、今日は平目であった。普通「生ちり」と言ったら主役の薄造りとキモ類で終わりだが、ここのは脇役がヴァラエティに富んでおり実に楽しい。
クラゲ、マグロのえら、砂肝、タコ、海老、刺身こんにゃく、そして今日の酒宴のトリとなるちり鍋のくえの肝まで入っている。色んな物を少しづつ一座で摘み合って食べるのはデモンストレーション的であり、初回の客と打ち解けるのには絶大な力を発揮する。


続いて今日は珍しくカツオが品切れとあって、おねえさんオススメの「ブリのたたき」に初挑戦。カツオ以外ではサバやウツボ、グレがタタキの定番だが、ブリは食べた事が無い。しかし考えて見れば脂の強い魚がタタキには向くのだから、ブリも合わない筈はない。大いに期待して一口やると、果たして旨かった。今日はタレだったが塩タタキも当然良かろう。しかしそうなると「ブリの炙り」と言う事になるか?


そうこうする内、鍋が煮立って来た。銀色に輝く鍋は錫製との事。


皿鉢にどかーんと盛られたクエと野菜が圧巻である。近海物のクエは脂がしつこくなく上品である。しかし私が小さい頃家でしょっちゅう食べていた、須崎の港で揚がるクエはもっと小ぶりで、脂が少なく、味ももう一つ上品であった。大人になってから、市内はおろか九州や東京、大阪で食べても子供の頃に食べたあのクエには敵わない。思い入れかは知らぬが。
しかし、今宵のクエはまず上々である。
どんなメンバーで食べても、野菜が煮え過ぎたり、アクが浮いて来るのを黙って見て居られないので結句、鍋奉行となる。他人の野菜が煮え過ぎるのはまだしも、アクが回って汁が濁っては最後の楽しみである雑炊に取り返しのつかない禍根を残すので、手抜きは許されない。
しかし前回も言ったが、つくづく鍋は豆腐である。今日も豆腐が美味い。


さて鍋も綺麗にさらえ、雑炊と行くところだが、今日は中々いい出汁が出ているのでその前に取っておきの汁かけ飯を。これは私が家で鍋を食う時にやる裏技であり、店屋では滅多にしないが今日は絶対美味いと踏んで、雑炊分と別に軽く一膳ご飯をもらい、熱々のところをヒタヒタにかける。場合によって塩またはちり酢を少量加えるが、一口味見して驚いた。
鍋の最初、ちょっと目を離した隙に沸かし過ぎた昆布が怪我の功名となり、実にいい出汁になっている。そこへクエと野菜のエキスが溶け出して、すでに何物も必要としない極上のスープとなっていたのである。
茶碗が小さかったので途中スープを足しつつ音を立ててかっ込む。
人生史上三本の指に入る汁かけ飯であった。

続けて雑炊となり、無くもがなと思いつつ食い意地に負けて食べたが、矢張りこれは先の汁かけには及ばない。絶妙の出汁が、海苔や卵、ネギの香りと味によってその繊細な命を失ってしまったのである。

料理に限らず、あれこれ付け足したいのをグッとこらえ、シンプルな良さを保つと言うのは至極難儀な事であり、それはまさに「欲」との戦いである。
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