お鳥さん 夜話情砂場横串

先日、河東節演奏会に出演の為上京した折、久々に赤坂の「室町砂場」を訪れた。


ここはもとより東京の蕎麦屋の中でも名店中の名店と言われる老舗だが、私は東京に行った時には主に劇場周辺を立ち回るので、赤坂にはあまり縁がなく、大好きな店だが、滅多に足を運ぶ事はない。

東京駅から新幹線に乗るまでの時間がある時など、どうしても日本橋の本店の方に立ち寄る事が多いが、この日はたまたますぐ近くのキャピトル東急に宿を取っており、会の後、新宿での芝居まで時間があったので「今日は砂場へ行かなくては!」と勇んで向かった。


先日のブログで書いた「並木藪」がキリッとした男らしい店構えだとすると、こちらはどことなく色気のある佇まいである。赤坂という土地柄であろう。
いずれにしても、こういう風情の蕎麦屋は今や文化財である。

名店らしく、ガラッと戸を開けて入るとすぐに著名人の顔がチラホラ見える。この日はテーブル席に稲葉賀惠さん、奥の小上がりに愛川欽也さんの顔が。後からは田中健さんも。
私はキンキンの隣に陣取る。

まずはビールを注文し、品書きを手に取って選品にかかる。と、その瞬間、信じられない文字が私の眼を貫いた。

「鳥わさ合」

「な、なにーっ!」と心の中で叫び声を上げた。何故と言って、私の通っている日本橋の本店では、鳥インフル後「鳥わさ」をメニューから外してしまい、今現在も復活していないのである。
その、もう二度と食べられないかと思っていた「砂場の鳥わさ」が、ここには有った。
欣喜雀躍とはこの事である。
何故本店に無い物が支店にあるか?不思議だが、察するにこの赤坂店は支店とは言っているが、あくまで暖簾分けされた分家であって、パンフレットにも本店支店と並んで載ってはいるものの実は完全に自主独立した一本立ちの店ではないか?

まあそんな事はどうでも良い。この一品の有無によって、私の砂場選びはこの日を境に完全に赤坂派となったのである。


お通しの「あさり」が出される。これなぞも東京の酒のアテの真骨頂である。佃煮ではなく、あっさり、ふっくらと炊いた白いむき身が、今夜の酒の露払いである。
元来、「お通し」という物は客が頼みもせぬのに店が勝手に出す物であり、注文の品が出るまでの「ちょいとこれでも上がってて下さいまし」という体の物である(語源としては客の注文を板場に通したしるし、又は客を席にお通しする、など諸説ある)から、その品で腹が張ったり、口が辛くなったりする物を出すのは愚の骨頂である。
後の料理の邪魔にならず、さりとて酒だけでは愛想がないから、ほんの一口だけ出す「おしのぎ」でなければならない。


結構時間がかかってお待ちかねの「鳥わさ」が来た。まさに「死んだはずだよ、お鳥さん」である。
いとこい流で言うなら「えー、かしわさんへ、にわとりさんへ、お鳥さんへ、いやさお鳥、久しぶりだなあ」と御対面を済ませ、全体をサクッとまぜていただく。
一口放り込んで味わうと、舌に染み付いている日本橋の味とはどこかが違う。私の記憶が確かなら、本店のには三つ葉が入っていた筈だ。ここのは入っていない。そして、鳥の火の通し方も本店に比べてミディアム寄りである。鳥インフル後、長めに湯引きをしているのかも知れない。
それでも矢張り何年ぶりに食べる「砂場の鳥わさ」は私にこの店を近く再訪する決意をさせるに十分なものであった。


つづいて玉子焼き。心なしか本店より甘さ控え目の様で、私にはかえってその方が嬉しい。


続いて焼き鳥。今やどこでも塩焼き全盛だが、私は砂場では絶対にタレである。残念な事に、ここのは私の好きな肝が入ってない。あの、二切れだけ入っている肝こそ、我らにとってのご馳走であり、まして常に一人で食べる者には味の変化がつけられるという点で、これは本店に軍配である。

隣ではキンキン一行がテレビについて熱く語っている。私は午前中に「ロンパールーム」を、深夜には「11PM」を観る様なテレビっ子だったから、きんきんケロンパには子供の時からお馴染みである。「アド街」や「なるほど!ザ・ワールド」について語るキンキンからは、今の堕落し切ったテレビ界の中で「ものづくり」に懸ける熱意と自負がビンビン伝わって来た。
テレビばかりではない、キンキンや左とん平という名優の五十代に、「男の哀愁」(高倉健のとは違う、三枚目のそれである)を演じさせる監督がいなかった事は、まさにバブル期日本映画界の無能ぶりを物語っている。

キンキン一行が生のりを食べているので私も頼みたかったが、時間もあり、そろそろ蕎麦に取りかからねばならない。


迷ったが、季節でもあり「はしらとじ」を注文。普段はただの「はしらそば」だが、この日は何故だか玉子に惹かれた。
これの良いのは玉子とじのお陰でなかなかはしらが沈まないので、生の状態で存分に食べ、よろしき所でつゆに浸け火を通し、二段階の味を楽しむ事が出来る。


最後に「もり」で〆る。


ここのせいろは竹の一本一本が幅広である。東京の三大蕎麦「藪」「砂場」「更科」のつゆの中でも、私の口には砂場が一番合う。
藪ほど辛くなく、更科の様に甘くはない。頃合いである。

他にも板わさや焼きのり、茶碗蒸しなど旨い物は数々あるが、何と言っても口一つ。ここらが山である。


この店もまた、近所にあれば毎日通うだろう店であるが、こればかりはいたしかたない。
ちょっと小腹を張らすのではない、この蕎麦が、この店が人生の一場面に無くてはならない、そう思わせる蕎麦屋である。

三波春夫は叫ぶ「おお!蕎麦屋かーっ!」
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