蛤を食らう

このブログを読んでくれているお客様、名古屋のクラブEのママが「美馬さんが絶対気に入る店があるから今度行きましょうよ!」と言う。聞けば桑名で「はまぐり鍋」で看板を張る名店だと言う。
桑名と言えば焼きはまぐりだが、縁無くして未だ訪れた事がない。しかしもとより貝好き、まして蛤の吸物なんて聞いただけで涎の垂れる上、好きな食材に関してはごちゃまぜコースより「ばっかり食べ」の好きな私にとって「蛤一本で勝負する店」なんてのはたまらなく食い意地をそそられるドツボである。今風に言うなら「蛤祭り」とか「はまぐりカーニバル」というところか。

ママからお誘いを受けたのは春先だったが、名古屋御園座観劇に合わせ、六月末の訪問となった。はまぐりの旬は産卵前とのことで、六月初旬までがベストらしいが、まだギリギリいけると言う。又、春先はあっさり、段々にヌメリが出て来るらしい。

名古屋駅から近鉄に乗って一路桑名へ。駅に降り立つと、ごく静かな、何処と無く伊勢を思い出す街並みである。タクシーに乗ること五分ほど、いよいよ今日の目的地「日の出」に到着。


白麻の暖簾の掛かる玄関は老舗の風格十分。脇に植えられた木賊の青が清々しい。

座敷に通される。現代のお客に合わせて椅子席である。


まずはお通しから。これは特に言う事は無い。


続いてはまぐりの「顔見世」ならぬ「貝見世」がある。大きい。実に立派である。これでも最大サイズではないと言う。この中から「焼きはま」に取っても良し、別に特大を「焼き」用に注文してもよしとの事。万事食べ比べないと気の済まない私はもちろん両方頼む。

女将の義理の姉、つまり小姑に当たる「たまえさん」が終始鍋の世話をしてくれる。


まず一回目の貝が皿に盛られる。炊き過ぎず、プルプル盛り上がった極上の身質である。
先走る涎をゴクリと飲み込み、口へ運ぶ。
旨い、実にこれは期待を裏切らぬ、超一級の貝味である。

一気に四個パクパクと行く。これを数回繰り返す。体の中が蛤エキスで満たされて行く。


「二枚貝には貝柱が二つあります」と、たまえさんが怒った様に言う。今の今まで知らなかった。はまぐりはもとより、アサリ、シジミ、赤貝、長太郎、と長年貝を食べて来て、初めて見た気がする。これを片方の貝殻でこそげて食う。


続けてたまえさんが標本を並べてはまぐりの解説。貝殻の厚みが全然違う。蛤の密漁に憤慨し、東京などで「桑名産」と称して売ってるのは大半眉唾、桑名全体でもそんなに漁獲高が無いのに、とおかんむりである。
このたまえさん、しごくつっけんどんだが、不思議と情味がある。女将との関係を「小姑の嫁イビリ」と言うネタにして、お客を喜ばせているらしい。そしてこの人、着物のセンスが良い上に、襟元がピシッと決まっていて好もしい。


貝をさらばえた後は「葛切り」を黒胡椒でいただく。


ついで蛤の磯辺揚げ。これは私には無くもがなに思われた。折角の極上のはまぐりである。揚げ過ぎで身の硬くなったのはいただけないし、これまでの感動が半減しないまでも、間違いなく薄れてしまう。
この「天ぷら」と言う奴は実に曲者で、蕎麦屋なぞでもそこまで満点のものが、天ぷらが二番な為に残念な結果になってしまう事が多々あるのである。
何事によらず、「やる」より「やらぬ」勇気。これが如何に難しいかを痛感する。

途中で「焼きはま」が来る。特大三個、並三個。デカイのは食べ応えがあるが流石にベラベラが口に残る。矢張りほどほどの大きさが上々である。


鍋の方は豆腐、三つ葉、葱をポン酢でいただき、雑炊となる。


この時点ではすでに旨味の強い蛤を大量に食っているので、豆腐や野菜に旨味を感じる余裕は無い。また雑炊や茶漬けに関して異常に執着のある私には、この雑炊はまだまだ研究の余地ありと思える。それまでずっと潮の香りで押して来ているので、最後くらいは佃煮の風味を遠く思い起こさせる様な、うっすらとした醤油味がベストではないか?

ともあれ、鍋で十一個、焼きで六個、磯辺揚げで二個、計十九個の蛤を平らげた。結論を言えばこの家の眼目は矢張り鍋のはまぐりに極まる。間違いなく、我が国において美味い蛤をたらふく食いたいと思う者は、ここを訪れなくてはならぬであろう。


帰りがけ、入店時には気が付かなかった貝殻の溢れる竹籠がデンと鎮座している。ちょっとした、いや見事な貝塚である。

日本人は太古から貝を食して来た。その事が、日本人の頭脳に非常に関係していると言う事を何かで読んだ事がある。昨今の洋食化で日本人の能力が低下しているとすれば、その本当の原因は魚不足や野菜不足ではなく、貝不足ではないか?という気がしてならない。洋食にも貝類はある、と言っても、毎日の如く味噌汁や佃煮でアサリ、シジミの養分を摂るのとは比べものにならない。

「貝を食いましょ 貝食って〜 昔の人は 食いました 貝は食うほど 知恵が出る 貝は食うほど 知恵が出る〜」

「貝は神代の昔から」 by 畠山みどり
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