正月記2013 中の巻 神仏詣

墓から帰ると恒例の餅切り。白、うるち、砂糖、黒砂糖、よもぎ、タカキビ、きりこ、桜海老、黒豆入り、などなどを雑煮と焼き餅用に切って行く。

この餅を買ったOさんの事をちょっと書いておきたい。
数年前から店の近くの追手筋で年末に立つ「しめ縄市」で門松としめ縄を調達しているが、昨年その市で色とりどりの餅に惹かれ、例の「買い魔」が出て一通り味見せずにはおれず、全種類買い求めた。
その折、都合で電話をしてもらう事があり、電話番号を教えたOさんから、暮近くのある日「しめ縄市のOですが、今年はいかがですか?」と電話があった。今年も買うつもりだったので「ああ、いただきましょうかね」と答え「去年は何々いただきましたかねえ?」と問うとOさんはさらりと「去年買っていただいた物は全部付けてあります」

これぞ、商売人の鑑である。

高額品を売っていても、案外顧客の購入リストをぞんざいにしている店はいくらもある。
金の多寡ではなく、地道な「御得意様大事」。この姿勢には私も襟を正される心地して、感激した。もちろん昨年同様の注文をし、おまけに今年は並びの店での買い物を全てOさんの所に集め、大いに便が増した。これが、人と人のつながる喜びである。
細い商いをしていても、志は高く持てるし、いかに大きな商売をしていても、油断から信用を失う事はいと易い。自戒自戒。

餅買うて
おのれを叱る
師走かな

紅白が始まるとそろそろ風呂へ入り、遅ればせの柚子湯に一年の疲れを癒す。
子供が「柚子風呂」と言うので「柚子湯であって、断じて柚子風呂ではない!」と言い聞かせる。
縁起物とは言いながら、精神に与える効果は絶大である。

上がると今年最後の晩餐の準備が調っている。
昨年に引き続き、メインは道頓堀今井の「うどん寄せ鍋」。


海老、穴子、つみれ、帆立など海の幸から白菜、蕪、ドンコ椎茸など山の幸、そしてガンモや私が一番楽しみな粟麩まで、色とりどりの具材が目にも楽しく眼舌口福。うどんは固めで良し、また煮込んで柔らかくなっても又良し、そして何と言っても出汁の美味さは流石大阪の老舗である。
他に鯨の炊いたのやら、これが無くては歳が越せぬ「お煮〆」やら。


食事も終わり紅白がトリ前になると、やおら衣裳替えである。右太衛門の退屈男よろしく「衣服を改める!」と着物に袴を付け、初詣の準備完了。
今年は後厄の御祈祷を受ける為、家内も着物に着替え、紅白が終わるや否や足早に四国霊場三十七番札所岩本寺を目指す。
今年は山門前の階段に灯火あって風情を醸している。


境内では毎年の恒例で参拝客に年越しそばと善哉の振舞いが出る。忙しく立ち働く檀家のおばちゃんたち。もう三十年以上この蕎麦で年越しをしているので、これを食べないと具合が悪い。



本堂で参拝した後、同じ山内にある氏神さま「三熊野神社」に詣でる。
予約してあった厄除祈願のお祓いを親子三人で受ける。寒中神妙に正座している息子が鼻水を啜っている。終わると振舞いの御神酒の世話をしている町内の奥方連から「お父さんより姿勢が良かったねえ」と褒められ、内心照れながら知らん相。ザマな内弁慶である。

今年は後厄の祈願もあってこの社の鳥居の建替えに一口乗らせてもらう事にした。

参拝終わって「寒い寒い」と家路を急ぐ帰り途、辻の脇にふと灯りが見えた。どうやら行きつけの蕎麦屋がこの時間まで店を開けているらしい。この片田舎で、我が国の風物詩に一燈を灯している気概に対し「こら行っちゃらないかん」とカックリ進路を変え、鄙には稀な手打ちの名店「八笑人」へ小走りに急ぐ。
ここの店主は私の母の小学校の恩師のご子息である。

引き戸を開けると、ごふく美馬のお得意様でもあり、我が家の主治医でもあり、又この蕎麦屋のおそらく一得意(得意客の一人、ではない。一番のお得意様の意である。「雪暮夜入谷畦道」に於ける按摩丈賀である。ただしここでは清元は聞こえない)であろうM先生ご一家が仲良く談笑しつつ蕎麦の茹で上がるのを待っているところであった。

折角の大晦日の夜更けである。家でたらふく飲んだ揚げ(こりゃ女房、うちで存分吠えたでないか、は松王丸)だが、やっぱり一献まいりやしょうと、くどき上手を冷やで一合(これを息子があくる日冬休みの日記に、お父さんは「くどき上手」を飲みました、と書こうとする)、アテにそば味噌が出る。



そして家内と子供はそれぞれ「山かけ」と「ざる」を注文し、私は「そばがき」でチビチビやる。子供はそばをやっつけ、生意気にもそば湯を「ふーっ」とか言いながらすすっている。
一丁前である。


それにしてもここの「そばがき」が、実に大したもの。江戸式の白く固いやつではなく、ふわふわで柔らかく、ねっとりとした中にザラッと蕎麦の舌触りが来る。昼間来て何度も食べてはいるが、この夜中の、ことに歳あらたまった静けさの中、親子三人水入らずの幸福なひとときに、わが田舎でこんなオツな物を食せる嬉しさは「時、人、物」の全て揃った絶味である。

あらたまの
歳を越したり
親子酒

そばがきや
親子三人(みたり)の
除夜の鐘


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